礼拝メッセージより

「絶望の淵に」　2025年11月30日　

聖書：マルコによる福音書　15章25-41節
聖書はこちらからどうぞ。
(日本聖書協会のHP)

　処刑場にやってきた囚人たちは十字架にロープで堅く縛られるか、あるいは手首を釘で打ちつけられたそうだ。そして囚人たちは十字架上で力尽きて死ぬまで苦しみ続けるそうだ。十字架刑は当時もっとも屈辱的な刑で、普通丸1日か、2日間苦しんでから死んだそうだ。死んだあとの死体も普通は野ざらしにされ、鳥やけものの餌にされていたらしい。
　イエスは朝の9時に十字架につけられた。そして十字架につけられてからも、道行く人や祭司長、律法学者たちにあざけられた。「十字架から降りて来い、そうしたら信じてやろう」という風に。またイエスと共に十字架につけられた囚人からも罵られたと書かれている。
　昼3時に息をひきとるまで6時間、十字架の上にいた。どんな痛みだったのか、どんな苦しみだったのか。

　そしてこの時、イエスの12弟子たちはもうそこにはいなかった。マルコ14章を見ると、イエスの弟子たちはみなイエスを見捨てて逃げ出してしまっている。後でこっそり追ってきたペトロも、まわりの者から問い詰められ、3度イエスを知らないと言う。一緒に行動をともにし、一緒に生活をしてきた12弟子はもうすでにいない。そこには遠くから見守っている女の人たちがいるだけだ。

　イエスの最後の言葉は「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」だった。これはイエスが日常的に話していたアラム語で、その意味は「我が神、我が神、なぜ私をお見捨てになったのですか」だそうだ。女性たちが実際に聞いたイエスの肉声が語り伝えられていて、それを福音書に載せられているようだ。
　マルコは十字架上での言葉をそれしか載せていない。けれど後の時代に書かれた他の福音書には、彼らを赦してくれ何をしているか分かっていないんだからと祈った、なんてかっこいい立派なことを喋ったと書かれている。実際はマルコによる福音書が実像に近いのではないかと思う。人々に完全に見捨てられ、そして神からも見捨てられた、その様な状況にイエスは立たされたのだろうと思う。
　エリアを呼んでいるという者がいたと書かれている。旧約聖書に登場するエリアは生きたまま天に連れて行かれたと語り伝えられていて、エロイ、エロイというのをエリアと聞き間違えたということらしい。

　31節には「他人は救ったのに、自分は救えない。メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」と言った人がいたと書かれている。
　こういうときこそ、奇跡をおこして、颯爽と十字架から下りてくればいい、それこそがキリストである、そうしたらみんな信じたんじゃないかなんて思う。
　イエスは様々な奇跡と言われるようなことをやってきたと書かれている。なのにこの時は奇跡と言われるようなことは何も起こしていない。

　ところがこのイエスの姿を見て、この人こそ神の子だという人がいた。
　39節『百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言った。』
　百人隊長とは読んで字の如く、100人程の部隊の長で、イエスを処刑を担当したローマ帝国の兵隊であり、ユダヤ人から見ると異邦人ということになる。そもそもローマの人はローマ帝国の皇帝のことを神の子と言っていたそうだ。
　この百人隊長はただ大声を出して絶叫して死んでいったイエスを見て、この人は神の子だったと言ったというのだ。弟子から見捨てられ、周りの者たちからも馬鹿にされ、孤独に苦しみ、痛みに苦しみ、絶叫して死んでいったイエスに対して、本当にこの人は神の子だ、と告白している。
　百人隊長はどうしてそう思ったのだろうか。
　そこには私たちがしばしば思い描く神々しい神のしるしといったものは何もない。なのにどうしてこんなことを言ったんだろうか。イエスの死に様から何か感じ取ったんだろうか。

　そもそも神とはいったい何なのか、神とはどういうものなのか。
　全知全能ですごい奇跡をおこす力を持ち、光輝く姿で悪者を懲らしめ世の中の不正を正していく、そしていつもどこか高いところから、私たちを見ている、それが神の姿、だれもがそんな神のイメージを持っているのではないか。でもそんなイメージにはとても似つかわしくない姿がここにある。

　あの言葉は絶叫ではない、あれが絶叫だなんて思いたくない、という気持ちもある。何か深い意味のある言葉に違いない、と思いたい気持ちになる。十字架の姿だって、単なる仮の姿でしかないに違いないと思いたくなる。
　ときどき言われるのが、イエスはこの時詩篇22篇を語りたかったという理解だ。詩篇22篇は「わたしの神よ、わたしの神よ、なぜわたしをお見捨てになるのか。」という言葉で始まっている。けれど、途中から神を讃美するようになっていて、実はイエスはこの詩篇を最後まで言いたかったけれど言えなかった、本当は絶望しているんじゃなくて神を讃美しているという理解だ。
　イエスは絶望して死んだなんてことはないと思いたくなる気持ちは分かる気はする。強く立派な神であってほしいと思う。でもそれは実は勝手な思い込み、自分自身が勝手に持っている神にイメージなのかもしれない。

　イエスは自分のことをキリストだと見せつけてみんなを信じさせようなんてことはしてないと思う。奇跡を起こして、みんなをアッと言わせて、俺はキリストだぞ、みんな俺に従え、なんてことはしなかった。病気を癒した時にも黙って居るようになんてこともあった。
　イエスはみんなから崇められるようなことは望んではいないようだ。みんなからキリストだと信じてもらいたいなんて思ってはいなかったようにも思う。
　それよりも私たちと一緒にいることを望んでいたのかなと思う。徹底的に弱く小さな人間と一緒にいることを望んでいて、その結果が十字架だったのではないかという気がしている。

　イエスがいつも共にいるということは、私たちが、みんなから見捨てられる時も、ののしられ、馬鹿にされ、ののしられる時も、イエスは共にいてくれるということだ。
　私たちが、どうしてこんなことになるのか、どうしてこんなことが起こるのか、もう神から見捨てられた、神などいないと言うような時にも共にいるということだ。
　私たちが苦しみ、悩み、悲しみ、絶望し、そして神に向かって悪態をつく、絶望の淵にいるとき、イエスはまさにそこにいてくれているということだ。
　そして共に苦しみ、悩み、悲しみ、絶望し、神に悪態をついてくれているのではないだろうか。